
私たちが「宗教」という言葉を使うとき、
とても慎重になるのは何故でしょうか。
もとより、私たちは生まれた直後から、
親や親的な役割をしてくれた人たちを通して
信仰心を教えられます。
その信仰心が宗教心につながっていくようです。
智鶴がここで言う「信仰心・宗教心」とは、
「ご先祖様を大切にする、ご先祖様を敬う」
という意味です。
日本人として生まれた私たちは、
亡くなったご先祖様は神様、仏様になって、
私たち子孫を守ってくださっていると教えられていますので、
ご先祖様である神様や仏様に感謝し、敬うことは、
とても大切なことだと思っています。
そしてまた、このような思いが自然と身についています。
しかし残念なことに、この宗教心を自身の煩悩のために
巧みに操る人がいることもまた事実です。
この宗教心は万国共通の思いで、
各国で形式的な儀式の違いはあるものの、
基本的に、神に対する信仰心、ご先祖さまを大切に敬う心は同じだと思うのです。
私たち生きとし生けるものは、必ず死にます。
魂のまとっていた衣である肉体が消滅し、
残るは魂のみです。
魂は宇宙と一体化し、愛そのものとなるのです。
宗教心で表現すると、それを神様、仏様になると表現しているのです。
一般的に、人間は死んだ後、天国界や地獄界にいくと言われていますが、
天国界や地獄界を創り出すのは、私たち自身の潜在意識です。
私たちは死後、どの世界へ旅立つのも自由に決めることが出来ます。
それこそ、私たち自身の信仰心・宗教心が問われます。
ただし、智鶴は、信仰、宗教を勧めることはありません。
どのような信仰心、宗教心であろうと、
自身の心の支えの一つとしてあることは自由だと考えています。
それこそ、一人ひとりの自由意志を尊重することを大事にしています。
ご縁は、全ての人に、平等に訪れます。ご縁とは人との出会いだけではなく、智鶴は全ての出来事という意味で使います。大事なのは、自分が目の前の出来事をご縁と受け取るのか否かで大きく変わるのです。
私たちは平凡だと感じている日常にこそ、小さな、あるいは大きな気づきは無数に転がっています。いいえ、私たちは自ら創り出しているのです。
あなたは魂を見たことがありますか?智鶴は見たことはありませんが、相談者の魂を観ながらスピリチュアルカウンセリングを行っています。
私たちの出来事の全ては必然です。智鶴は、その中でも、出会いの必然について考えてみました。
命には期限があるということについてお伝えします。
私たちが与えられた運命をありのままに生活すること、これが修行であり、人生となるのです。
自分らしく生きることは、自分のスピリチュアルを大切に感じながら、「好い加減」に生きることです。
私たちは、心の時代を生きることを選んで生まれてきました。ではどのような意味があるのでしょう。
ご縁は、全ての人に、平等に訪れます。ご縁とは人との出会いだけではなく、智鶴は全ての出来事という意味で使います。大事なのは、自分が目の前の出来事をご縁と受け取るのか否かで大きく変わるのです。
私たちは平凡だと感じている日常にこそ、小さな、あるいは大きな気づきは無数に転がっています。いいえ、私たちは自ら創り出しているのです。
私たちの出来事の全ては必然です。智鶴は、その中でも、出会いの必然について考えてみました。
私たちの宗教心や信仰心は、子孫繁栄の基本です。ご先祖様が混迷の時代を一生懸命に生き抜いて来られたことに感謝し、自分を磨いていくことは子供たちの命を育みます。
私たちは、日本人として「宗教」という言葉を使う時、とても慎重になってしまいます。しかし、私たち人間にとって、信仰心や宗教心が大事な心の支えとなることがあることは事実です。
日本は、八百万の神といわれるほど沢山の神様を祭っている国です。ですから、神仏の祭り方を知っています。だから、智鶴は日本人として生まれた私たちは世界中で順応していけるのだと思うのです。
「三月荒神(みつきこうじん)」さんとは方位の神様のことです。ここでは、三月荒神さんについて、智鶴が分りやすく説明します。
私たちが与えられた運命をありのままに生活すること、これが修行であり、人生となるのです。
神様からのプレゼント、それはメッセージと言う名の「気づき」です。それは何気ない一言、あるいは日々の些細な出来事の中にあります。そしてまた、気づくか否かは、私たち一人ひとりの選択に任されています。
自分らしく生きることは、自分のスピリチュアルを大切に感じながら、「好い加減」に生きることです。
私たちは、心の時代を生きることを選んで生まれてきました。ではどのような意味があるのでしょう。
ご縁は、全ての人に、平等に訪れます。ご縁とは人との出会いだけではなく、智鶴は全ての出来事という意味で使います。大事なのは、自分が目の前の出来事をご縁と受け取るのか否かで大きく変わるのです。
私たちは、日本人として「宗教」という言葉を使う時、とても慎重になってしまいます。しかし、私たち人間にとって、信仰心や宗教心が大事な心の支えとなることがあることは事実です。
私たちの人生は、「愛」で始まり、「恩」で終わります。これは五十音の「あ・い・う・え・お」から始まり、「わ・を・ん」で終わることから解ります。
Aさんは、将来に不安を抱えて智鶴のもとを訪れました。カウンセリングが進み、Aさんの顔は桜色に変わり、智鶴がほっとしていた時です。Aさんが、「私には見えないと思っていたんですけれど、さっきから、智鶴さんの身体の周りが緑色に見えます。」と言いました。
「因果」という言葉があります。「因」とは種ということです。箱の中に大きいという文字が入っています。種は種以上の大きさになるということなのです。「果」とは実を表しています。
智鶴は、クライエントの魂が輝いた瞬間、この上ない歓喜を感じます。クライエントの目が輝き、顔色に赤みが増し、柔らかい表情になる。魂のそこから湧き上がるエネルギーが命を燃やす瞬間です。
あなたは魂を見たことがありますか?智鶴は見たことはありませんが、相談者の魂を観ながらスピリチュアルカウンセリングを行っています。
タロット占い教室のご案内です。昼教室、夜教室を開催していますので、ご都合に合わせてご利用ください。5~6人のグループ学習、予約制となっています。
私たちは、日本人として「宗教」という言葉を使う時、とても慎重になってしまいます。しかし、私たち人間にとって、信仰心や宗教心が大事な心の支えとなることがあることは事実です。
この女教皇は黒と白、2本の柱の間に座っています。白と黒は善と悪、明と暗、陰と陽を表しています。教皇は特別な能力を持つ存在ということで描写されています。
この魔術師は、ギリシャ神話ヘルメスの化身だと言われています。右手には魔法の杖を持ち、左手は大地を指しています。天の力を得て、地上で生かそうとしているのです。
<<<前の記事へ
|
次の記事へ>>>
このページのトップへ |
HOME