
ある日、智鶴は仲間数人とクンダリーニ(大地から湧き上がってくるエネルギーのことを言います。)の強い場所に行きました。
とても天気の良い小春日和でした。
そこには、お不動さんが祀ってあり、またここも知る人ぞ知るという場所です。
皆で草の上に座り、クンダリーニを感じていました。
すると一人が、「ねえ、念写しようか。」と言い出しました。
みんな、「さんせぇ~。」ということで一斉に目を閉じました。
この仲間の中にも当然のように陰陽師も入っているのですが・・・
その陰陽師が、「じゃあ、いくよ~。」と言い、とても張り切っていて、いつの間にか仕切っているではありませんかっ?!(笑い)
まあ、それはいいとして・・・
皆は陰陽師から送られてくる念を受け止めようと、一生懸命に目を閉じていました。
智鶴は静かに眼を閉じていると、ふわ~っと遠くから七色の光が輝き始めました。
まるで、花火を真上から見ているような感じで瞼に映ってきたのです。
私は陰陽師に、
「花火を真上から見ているような感じで見えるんですけど?!」と言うと、
「そうそう」と答えてくれました。
これで、念写は成功したのです。
私だけではなく、その場にいた仲間も同じように見たんですよ!
すごいでしょう。
毎回毎回、皆で楽しい、ワクワクするような遊びをして楽しんでいるんですよ。
遊びたいひとぉ~っ、こ~のゆ~びと~まれっ!!
私たちは、日本人として「宗教」という言葉を使う時、とても慎重になってしまいます。しかし、私たち人間にとって、信仰心や宗教心が大事な心の支えとなることがあることは事実です。
私たちの人生は、「愛」で始まり、「恩」で終わります。これは五十音の「あ・い・う・え・お」から始まり、「わ・を・ん」で終わることから解ります。
Aさんは、将来に不安を抱えて智鶴のもとを訪れました。カウンセリングが進み、Aさんの顔は桜色に変わり、智鶴がほっとしていた時です。Aさんが、「私には見えないと思っていたんですけれど、さっきから、智鶴さんの身体の周りが緑色に見えます。」と言いました。
「因果」という言葉があります。「因」とは種ということです。箱の中に大きいという文字が入っています。種は種以上の大きさになるということなのです。「果」とは実を表しています。
智鶴は、クライエントの魂が輝いた瞬間、この上ない歓喜を感じます。クライエントの目が輝き、顔色に赤みが増し、柔らかい表情になる。魂のそこから湧き上がるエネルギーが命を燃やす瞬間です。

