
智鶴は、背中に違和感を覚えることがあります。
まるで、「ペタッ」と何かがくっついているような感じと表現するほうがわかりやすいでしょうか。
う~ん、リュックをしょっている感じと言ったほうがいいでしょうか?
そういうときには、必ず生霊がおんぶされています。
智鶴はいつも、「居たいだけ居ればいい。」と言います。
生きている誰かが、一生懸命に私を求めて来ているのです。
しかし、私は何もしてあげることはできません。
せめて側にいてあげることしかないと思うからです。
これが私の陰徳です。
そしてそのうち、生霊は何かを悟って帰っていくのです。
誰かが幸せになってくれるのであれば、それでOK!!
智鶴の命のお役目をまた一つ果たすことができるのです。
私たちの出来事の全ては必然です。智鶴は、その中でも、出会いの必然について考えてみました。
私たちの宗教心や信仰心は、子孫繁栄の基本です。ご先祖様が混迷の時代を一生懸命に生き抜いて来られたことに感謝し、自分を磨いていくことは子供たちの命を育みます。
私たちは、日本人として「宗教」という言葉を使う時、とても慎重になってしまいます。しかし、私たち人間にとって、信仰心や宗教心が大事な心の支えとなることがあることは事実です。
日本は、八百万の神といわれるほど沢山の神様を祭っている国です。ですから、神仏の祭り方を知っています。だから、智鶴は日本人として生まれた私たちは世界中で順応していけるのだと思うのです。
「三月荒神(みつきこうじん)」さんとは方位の神様のことです。ここでは、三月荒神さんについて、智鶴が分りやすく説明します。
私たちは、日本人として「宗教」という言葉を使う時、とても慎重になってしまいます。しかし、私たち人間にとって、信仰心や宗教心が大事な心の支えとなることがあることは事実です。
私たちの人生は、「愛」で始まり、「恩」で終わります。これは五十音の「あ・い・う・え・お」から始まり、「わ・を・ん」で終わることから解ります。
Aさんは、将来に不安を抱えて智鶴のもとを訪れました。カウンセリングが進み、Aさんの顔は桜色に変わり、智鶴がほっとしていた時です。Aさんが、「私には見えないと思っていたんですけれど、さっきから、智鶴さんの身体の周りが緑色に見えます。」と言いました。
「因果」という言葉があります。「因」とは種ということです。箱の中に大きいという文字が入っています。種は種以上の大きさになるということなのです。「果」とは実を表しています。
智鶴は、クライエントの魂が輝いた瞬間、この上ない歓喜を感じます。クライエントの目が輝き、顔色に赤みが増し、柔らかい表情になる。魂のそこから湧き上がるエネルギーが命を燃やす瞬間です。

