あれは、智鶴が3~4歳の頃でした。
近所の女の子が行方不明になる事件が起きました。
智鶴の父親は、地域の青年消防団の一員として活動していましたので、
その日は午後から地域住民と消防団全員が集まって、
地域にある大きなため池の水を抜いて、消防団員はため池に入り捜索していました。
まだ幼かった私は母親に手を引かれてため池へ行きました。
ため池の周りには、心配でいても立ってもいられない地域住民が大勢集まって
女の子の無事を祈りながら、捜索を見守っていました。
ため池は山のふもとにあり、農家の田畑の重要な役割を果たしていました。
ため池の周りには、柵などはありません。
それどころか、あぜ道があり散歩が出来て、彼岸花が一面綺麗に咲くところでした。
みんなは、そのため池に女の子が落ちて溺れているのではないかと思って
捜索していたのです。
私は母親に、
「そこじゃない、そこじゃない、あっち、あっち。」と山の中腹のその場所を指差しました。
「あっちにいるよ、あっち。」と一生懸命に訴えました。
私には山の中腹に体育座りをした女の子がいるのが見えていたのです。
しかし母親は、
「なんば、おかしかことば言いよるね。だれもおらんでしょうがぁ。みぐるしか。
言いなすな。だまっときなっせ。」
(通訳:「何を変なことを言ってるの。誰もいないでしょ。みぐるしい。言ってはいけません。だまってなさい。」)
と、とても強く怒りました。
それでも「あっち、あっち、いるよ~。」と訴えたのですが、
母親は、「もぉ~、みぐるしかっ、帰るよっ!」と言い、私は母親に強く手を引かれて帰りました。
その翌日の正午頃、父親が帰宅して、少女が無事に発見されたことを聞きました。
発見された場所は、私が指をさした山の中腹のその場所でした。
幼い私にとっては真実でしたので、「ほら言った通りでしょ。」と思いました。
この報告を聞いた母親がどう思ったのかはわかりません。
また、父親が母親からこの日の会話を聞かされていたかどうかはわかりません。
この日以来、私は自分の感性を封印しました。
「感じちゃいけないんだ。感じたことを言葉に出したら、お母さん、お父さんに怒られる、迷惑をかける。」
と思いました。
それから約20年後、思い出すことが出来ました。
それと同時に自分の感性の素晴らしさに気づき、今の智鶴が誕生しました。

