
一昨日、知り合いの霊能者が救急搬送されたという連絡を受けて、
入院先の病院へお見舞いに行ってきました。
智鶴はその連絡を受ける3~4日前から体調に異変があり、
何かが起こりそうな予感はありました。
本人は、生気のない状態で酸素吸入を受けていましたが、
私の顔をみるなり、すぐに酸素吸入の必要がなくなり、
起き上がって話し始めるではありませんか。
まず、驚きました。
その後、本人は堰を切ったように話し始めました。
3~4日前の夕方ごろに5~6回ほどひどい血便が続いたため、救急搬送要請したそうです。
病院では、MRI、レントゲン、胃カメラの検査をしたけれども異常がないということで、
帰宅の許可がでたそうですが、不安だったため一晩泊まって大腸検査をしてもらうことにしたそうです。
翌日、大腸検査をしたところ大腸内の潰瘍がひどく、すぐに処置が施されたそうです。
すると処置の途中に呼吸が一時停止したということでした。
そのような状態だったにも関わらず、自力で起き上がって、話せるようになっているではありませんか!!
ここでまた、驚きでした。
私の体調の異変はこの状況を感じ取っていたものでした。
あまりにも突然の出来事で、本人も何が何だかわからない状態でしたが、
私にはすぐに生霊のいたずらだったということがわかりました。
『だった』ということですから、後は回復しかありません。
本人は自分の身体を酷使しましたが、生霊は何かに気づいて放れました。
本人の魂の成長はもちろんですが、生霊の癒しのお手伝いをさせていただいたことも確かだと思いました。
ご縁は、全ての人に、平等に訪れます。ご縁とは人との出会いだけではなく、智鶴は全ての出来事という意味で使います。大事なのは、自分が目の前の出来事をご縁と受け取るのか否かで大きく変わるのです。
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