
あれは忘れもしない平成元年初冬、空気の澄み切った夜のことでした。
智鶴は車を運転して帰宅途中、空から山の中腹に向かって
オレンジ色の大きな、大きな光の玉が一つだけ降って来るのを目撃しました。
一瞬、目を疑いました。
「一体、あれは何?何だったんだろう?」と。
火の玉?それともUFOだったのか?
目を凝らして山の中腹を見ましたが、音が聞こえたわけでもなく、
山火事が起きているわけでもありませんでした。
その後も見えることを期待して、同じ時間帯に合わせて山を見つめたのですが、
二度と見ることはありませんでした。
しかし宇宙人が降りてきたのかもしれません。
だって、光が降ってきたのは九州山地の中の一つの山です。
その山は修行僧がこもって厳しい修行をした場所で、『からす天狗がいる』と言われているからです。
私は一度だけその山に登ったことがあるのですが、
確かに、あちこちに大きな石があって、護符を祀ってあります。
その石には、ペトログラフという四角や三角の形をした神様の文字が刻まれています。
あれから20年が経ちましたが、未だに忘れることはありません。
未だに謎の出来事です。
あれは一体、何の 光だったのでしょうか?
ちなみに、その山は現在、開拓されてきているのですが、不慮の事故が多発しています。
やはり、『からす天狗はいる』のです。
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