
熊本城は築城400年を迎えています。
昨年からお祝いのイベントが目白押しです。
その中で、今年も相変わらず夜の桜の下でお花見をする智鶴です。
夜の桜の花見には、飲み仲間が大勢が集まってわいわいと楽しんでいるのですが、
ど~しても仲間に入りたいと集まってくる仲間(?)がいるのです。
仲間と呼んでいいのか悪いのか???
はっきりと申します。
「霊のお方」です。
不思議なことに、一緒に飲酒していて、中には踊りだしたり、泣き出したり、
怒りだしたり・・・。
その場面を観ていると、
「なぁ~んだ~、人間と一緒じゃぁ~ん。」
と思ってしまいます。
そしてそして、第一に不思議なこと。それは、
「お互いに宴を楽しんだ後でも、憑依しないこと。」
です。
もしかして、もしかして、霊のお方は酔っ払って寝てるのかなぁ~?!
憑依も忘れるぐらいに酔っ払って・・・。
とか何とか言ってますが、
とにかく、生きていても死んでいても、お花見はお花見なんですね。
みなさん、楽しいお花見をねぇ~!!!
あなたの隣にも、霊のお方が同席して飲んでいたりして・・・。
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私たちの出来事の全ては必然です。智鶴は、その中でも、出会いの必然について考えてみました。
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