
「うぅ~っ、うぅ~っ、やられた~。」
「また、切られた~。痛かった。」
と陰陽師。
私は、
「またぁ~?! 何回切られれば良いんですか?」
「陰陽師は不死身なのだっ!!」
と強がる陰陽師。
本当は苦しかったくせに・・・。(笑い)
今回は、真正面を左肩から右わき腹にかけて斜めに切られたらしい。
昨夜は熊本城で、お花見をしている最中に、陰陽師は一人で密かに苦しんでいたというのです。
切られたなら切られたとはっきり、その場で言えば良いのに、
言わないで一人で我慢していたらしいのです。
まあね、皆で楽しんでいる最中に、周りにも沢山のお花見客がいる中で、
「うぅ~っ、切られたぁ~っ。」
な~んて言えば、どんな反応をされるかわかりませんよね。
まあ、言わないで苦しんでいた陰陽師の気持ちも分からなくはいないのですが・・・。
というか、皆は美味しいお酒を飲んでいて、人のことなんてお構いなし。
酔っ払って自分たちの世界で盛り上がっているわけだから、
陰陽師だって自分の世界で盛り上がって、素直に苦しんでいてもOKだったんじゃないの?
と思う智鶴です。
霊の方だって、お花見を楽しむ人もいれば、侵入者の見張り番をしている人もいるのです。
ということは、陰陽師は、『不審者』と思われてしまったわけですか???
う~ん、さすが陰陽師、おそれたてまつりました。
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