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魂の愛と人間の愛

私たち人間の愛は所有を求めようとします。
所有することで人間の五感を通して愛を確かめたいからです。
愛を見て、愛を触って、愛を味わって、愛を聞いて、愛を嗅いで、
そして初めて自分が愛されていると確認するのです。
愛を確信する人もいるかもしれませんね。
しかし、殆どの場合、確認しても確認しても、それでもまだ愛を求めてしまう・・・
それが人間の愛なのでしょう。
では、魂の愛はどのようなものなのでしょうか。
魂は愛そのものです。言い換えれば愛の存在です。
ですから魂は愛を知るための手段として、人間の肉体を持ってこの世に生まれてきました。
その人間の肉体を使って色んなこと、つまり辛いこと、悲しいこと、不安なこと、
楽しいこと、嬉しいこと等など一生を通じて体験し、そして初めて愛を知っていきます。
魂の愛は、判断しませんし、見返りを求めませんから、
一つ一つの体験で知った愛を、
「あっ、そうかっ!」
と、そのまま受け入れます。
ただそれだけです。
所有もしないし、判断もしないし、確認もしないし確信もしない。
ただただ、
「あっ、そうかっ!」
だけなのです。
私たちが与えられた運命をありのままに生活すること、これが修行であり、人生となるのです。
智鶴では潜在意識活性化を目的としたワークショップを開催しています。自分の人生をより豊かにしたい方、多くの方のご参加をお待ちしています。
神様からのプレゼント、それはメッセージと言う名の「気づき」です。それは何気ない一言、あるいは日々の些細な出来事の中にあります。そしてまた、気づくか否かは、私たち一人ひとりの選択に任されています。
自分らしく生きることは、自分のスピリチュアルを大切に感じながら、「好い加減」に生きることです。
私たちは、心の時代を生きることを選んで生まれてきました。ではどのような意味があるのでしょう。
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