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智鶴の霊障体験
宮崎の高千穂町にある、名の知れない神社に行ったときのことです。
社殿は、床下が空洞になっており、人が中腰で行き来できるように建てられていました。
智鶴は、突然、「ん?」と感じ、社殿を見渡すと、
何と、社殿の床下に龍がとぐろを巻いて横たわっているではありませんか?!
それはそれは大きな大きな龍で、智鶴は自分の目を疑いました。
その龍は、ぎょっと智鶴に目を向けましたが、また静かに目を閉じてしまいました。
智鶴はその龍が動き出すのではないかという不安があると同時に、
龍は神社の守り神として存在しているということが分りました。
不思議なもので、その龍の大きくてつぶらな瞳はとても愛らしく、
智鶴が感謝を申し上げると、それでも何の反応も無く、
ただただ、じぃ~っと横たわっているだけでした。
やっぱり、守り神はちょっとやそっとの刺激に、いちいち反応しないという
大きな心の懐と深さを持っているものなんだと、改めて学ぶことのできた体験でした。
現在、古い社殿は新しく建て替えられました。
新しい社殿も古い社殿と同じように床下は空洞になっているようです。
管理をされている村人の皆さんの伝統を守る心を感じます。
私たちが与えられた運命をありのままに生活すること、これが修行であり、人生となるのです。
智鶴では潜在意識活性化を目的としたワークショップを開催しています。自分の人生をより豊かにしたい方、多くの方のご参加をお待ちしています。
神様からのプレゼント、それはメッセージと言う名の「気づき」です。それは何気ない一言、あるいは日々の些細な出来事の中にあります。そしてまた、気づくか否かは、私たち一人ひとりの選択に任されています。
自分らしく生きることは、自分のスピリチュアルを大切に感じながら、「好い加減」に生きることです。
私たちは、心の時代を生きることを選んで生まれてきました。ではどのような意味があるのでしょう。
ご縁は、全ての人に、平等に訪れます。ご縁とは人との出会いだけではなく、智鶴は全ての出来事という意味で使います。大事なのは、自分が目の前の出来事をご縁と受け取るのか否かで大きく変わるのです。
私たちは平凡だと感じている日常にこそ、小さな、あるいは大きな気づきは無数に転がっています。いいえ、私たちは自ら創り出しているのです。
あなたは魂を見たことがありますか?智鶴は見たことはありませんが、相談者の魂を観ながらスピリチュアルカウンセリングを行っています。
私たちの出来事の全ては必然です。智鶴は、その中でも、出会いの必然について考えてみました。
命には期限があるということについてお伝えします。

