
智鶴が祖父母から教えてもらったことをお伝えします。
「三月荒神(みつきこうじん)」さんとは方位の神様のことです。
何故、「三月(みつき)」と呼ぶのかと言うと、
東南西北の順番で、3ヶ月ごとに移動するからです。
暦の見方には、新暦と旧暦がありますが、
智鶴の場合は、旧暦でみますので、三月荒神さんの座位は下記のとおりです。
2月、3月、4月 ・・・・・・・ 東に座位
5月、6月、7月 ・・・・・・・ 南に座位
8月、9月、10月 ・・・・・・ 西に座位
11月、12月、1月 ・・・・・ 北に座位
三月荒神さんの座位している方位に向かっての移転、造作、普請、動土、家屋建築など
もろもろの事柄を行うことは避けるほうが良いと言われています。
しかし、どうしてもやむをえない事情がある場合、あるいは必要がある場合には、
三月荒神さんへお断りを申し上げるためのお祓いを行った後に、
事柄を執り行うことが大事だと言われています。
ただ、知らなかったこととはいえ、三月荒神さんの座位しておられる方位へ行動したとすれば、
「三月(みつき)も待てんのか!」
と怒られて、災いが起こるといいます。
そのようなことから、「三月(みつき)の荒い神」と書くのです。
しかし三月荒神さんは、荒い神様だからといって怖い、堅物の神様でもないんですよ。
災いを起こすといっても、まず些細ないざこざを起こします。
そして「何か忘れていませんか? ここには神様が居るん(居たん)ですよ。気づいてください。」
と、まず本人さんやご家族の気づきを待っていてくれるのです。
そしてそれでも気づかないときには、
「これでもわからんのか!!」ということで次第に大きな災いとなっていき、
怪我、病気、事故を導いてしまうことがあるということなのです。
(本人さんの魂が自ら気づくように怪我、病気や事故を呼び寄せるという考え方もあります。)
ただし、本人さんやご家族の早期の気づきがあり、三月荒神さんの災いだということが判明した時点で
三月荒神さんへのお詫びを申し上げるためのお祓いを執り行うことにより、
生命を脅かすような状況は避けられますので、どうぞご安心ください。
ここで大切なことは、怪我や事故、病気の全てが三月荒神さんの災いとは限りません。
逆に、三月荒神さんも良い迷惑です。
全ての出来事には必ず意味がありますから、それぞれの状況を冷静に見極める目が必要です。
智鶴は、あなたの理解を信じます。
私たちが与えられた運命をありのままに生活すること、これが修行であり、人生となるのです。
智鶴では潜在意識活性化を目的としたワークショップを開催しています。自分の人生をより豊かにしたい方、多くの方のご参加をお待ちしています。
神様からのプレゼント、それはメッセージと言う名の「気づき」です。それは何気ない一言、あるいは日々の些細な出来事の中にあります。そしてまた、気づくか否かは、私たち一人ひとりの選択に任されています。
自分らしく生きることは、自分のスピリチュアルを大切に感じながら、「好い加減」に生きることです。
私たちは、心の時代を生きることを選んで生まれてきました。ではどのような意味があるのでしょう。
ご縁は、全ての人に、平等に訪れます。ご縁とは人との出会いだけではなく、智鶴は全ての出来事という意味で使います。大事なのは、自分が目の前の出来事をご縁と受け取るのか否かで大きく変わるのです。
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あなたは魂を見たことがありますか?智鶴は見たことはありませんが、相談者の魂を観ながらスピリチュアルカウンセリングを行っています。
私たちの出来事の全ては必然です。智鶴は、その中でも、出会いの必然について考えてみました。
命には期限があるということについてお伝えします。
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日本は、八百万の神といわれるほど沢山の神様を祭っている国です。ですから、神仏の祭り方を知っています。だから、智鶴は日本人として生まれた私たちは世界中で順応していけるのだと思うのです。
「三月荒神(みつきこうじん)」さんとは方位の神様のことです。ここでは、三月荒神さんについて、智鶴が分りやすく説明します。
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自分らしく生きることは、自分のスピリチュアルを大切に感じながら、「好い加減」に生きることです。
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