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あるがままの存在
私たちはよく「あるがまま」という言葉を使いますが、
この「あるがまま」って一体どのような状態のことを言っているのか
考えてみたことはありませんか?
智鶴は改めて、この言葉について考えてみました。
あるがままとは、手を加えていない、自然なという意味を想像します。
そして、「あるがまま」とは、
今ここで、自分が考えたいことを考えていること、
今ここで、自分が感じたいことを感じていること、
今ここで、自分が行動したいことを行動していること、
そして、今ここで、使い慣れている言葉で話したいことを話している状態だと考えました。
大事なのは、それが何時もの自分であるということです。
ですから、改めて「あるがまま」の自分を意識する必要はありません。
私が何時もの私でいるかぎり、それは自然な状態で在るのですから。
それが「あるがままの存在」なのです。
全ての存在は「あるがまま」が一番美しいものです。
もちろん人工的なものも素晴らしい存在です。
その一方では、自然の淘汰によって作られたものは何の飾りもない、
どちらかというと目立ったきらびやかさはないかもしれません。
しかしそれが「あるがまま」なのです。
どちらが正しくて、どちらが間違っているというものではありません。
大事なのは、その全てが「あるがまま」だということです。
私たちが与えられた運命をありのままに生活すること、これが修行であり、人生となるのです。
智鶴では潜在意識活性化を目的としたワークショップを開催しています。自分の人生をより豊かにしたい方、多くの方のご参加をお待ちしています。
神様からのプレゼント、それはメッセージと言う名の「気づき」です。それは何気ない一言、あるいは日々の些細な出来事の中にあります。そしてまた、気づくか否かは、私たち一人ひとりの選択に任されています。
自分らしく生きることは、自分のスピリチュアルを大切に感じながら、「好い加減」に生きることです。
私たちは、心の時代を生きることを選んで生まれてきました。ではどのような意味があるのでしょう。
私たちが与えられた運命をありのままに生活すること、これが修行であり、人生となるのです。
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ご縁は、全ての人に、平等に訪れます。ご縁とは人との出会いだけではなく、智鶴は全ての出来事という意味で使います。大事なのは、自分が目の前の出来事をご縁と受け取るのか否かで大きく変わるのです。
私たちは平凡だと感じている日常にこそ、小さな、あるいは大きな気づきは無数に転がっています。いいえ、私たちは自ら創り出しているのです。
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