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魂(スピリチュアル)の終着点
私たちは、一体何処へ向かって生きていっているのでしょうか。
魂(スピリチュアル)は、「愛」から始まって「をん(恩)」で終わると言われます。
このことから、「をん(恩)」に向かって生きていくということになるのでしょうね。
智鶴は、魂(スピリチュアル)の始まりや終わりはなく、
ただただ、「愛」=「をん(恩)」だと考えます。
何故ならば、「愛」は神であり、宇宙であり、私そのものである。
「をん(恩)」は、「感謝」という言葉に代えて表現すると、
「感謝」は神であり、宇宙であり、私そのものであるからです。
つまり、この「愛」と「感謝」は魂(スピリチュアル)そのものであるからです。
そこから、魂(スピリチュアル)には一瞬一瞬がスタート地点であり、終着点でもあると思うのです。
私たちは何処かへ向かって生きていっているということではなくて、
今、ここがあるのみだということになるのです。
ただ、向かっているとすれば、今ここで瞬間的に完結してしまっているということでしょう。
私たちが与えられた運命をありのままに生活すること、これが修行であり、人生となるのです。
智鶴では潜在意識活性化を目的としたワークショップを開催しています。自分の人生をより豊かにしたい方、多くの方のご参加をお待ちしています。
神様からのプレゼント、それはメッセージと言う名の「気づき」です。それは何気ない一言、あるいは日々の些細な出来事の中にあります。そしてまた、気づくか否かは、私たち一人ひとりの選択に任されています。
自分らしく生きることは、自分のスピリチュアルを大切に感じながら、「好い加減」に生きることです。
私たちは、心の時代を生きることを選んで生まれてきました。ではどのような意味があるのでしょう。
私たちが与えられた運命をありのままに生活すること、これが修行であり、人生となるのです。
自分らしく生きることは、自分のスピリチュアルを大切に感じながら、「好い加減」に生きることです。
私たちは、心の時代を生きることを選んで生まれてきました。ではどのような意味があるのでしょう。
ご縁は、全ての人に、平等に訪れます。ご縁とは人との出会いだけではなく、智鶴は全ての出来事という意味で使います。大事なのは、自分が目の前の出来事をご縁と受け取るのか否かで大きく変わるのです。
私たちは平凡だと感じている日常にこそ、小さな、あるいは大きな気づきは無数に転がっています。いいえ、私たちは自ら創り出しているのです。
私たちが与えられた運命をありのままに生活すること、これが修行であり、人生となるのです。
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自分らしく生きることは、自分のスピリチュアルを大切に感じながら、「好い加減」に生きることです。
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