
智鶴は、「私は智鶴さんみたいになりたいです。」とよく言われます。
簡単に言えば、霊能力を持つ人になりたいというものです。
智鶴は、「私みたいになることは不可能です。」と必ず言います。
霊能力というのは、何も特別な人間が持っているというわけではないのです。
人間には、『感性 』というものがありますよね。
その『感性』の中に『霊性(霊感、または霊能力と言います)』があるのです。
ですから、全ての人は持っているのです。
ただ、『霊性が起きているか、眠っているかだけの違いなのです。』
起きている人は眠っている人を起こすことは可能です。
起きている人が眠っている人に刺激を与え、眠っている人は起きている人からの刺激に対して、必ず何らかの反応を示します。
これを頻繁に繰り返していくことで、起きてくるのです。
そう願うのであれば、「なるべく智鶴の側に居たほうが良いよ。」とお話します。
ただ、智鶴と全く同じにはなりません。
一人一人の感性は違うからです。
感性の色も違えば形も違うし、臭いも違うから、当然、見え方も違ってきます。
あとは自分なりの感性を磨いていくことが大事なのです。
磨いていくのは、あなた次第です。
あなたが諦めない限り、智鶴は諦めませんよとお伝えするのです。
ですから、『霊性』を起こしたいと思う人は起きている人の側に居ることです。
起きている人と頻繁に接触して、同じ部屋で過ごす時間を可能な限り費やし、同じ部屋の空気を吸うことです。
そして何時かはその人を卒業して、また次へ進めば良いのです。
智鶴は卒業して行く人を応援します。
智鶴のモットーは『来る人拒まず、去る人追わず』だからです。
私たちが与えられた運命をありのままに生活すること、これが修行であり、人生となるのです。
智鶴では潜在意識活性化を目的としたワークショップを開催しています。自分の人生をより豊かにしたい方、多くの方のご参加をお待ちしています。
神様からのプレゼント、それはメッセージと言う名の「気づき」です。それは何気ない一言、あるいは日々の些細な出来事の中にあります。そしてまた、気づくか否かは、私たち一人ひとりの選択に任されています。
自分らしく生きることは、自分のスピリチュアルを大切に感じながら、「好い加減」に生きることです。
私たちは、心の時代を生きることを選んで生まれてきました。ではどのような意味があるのでしょう。
私たちは、日本人として「宗教」という言葉を使う時、とても慎重になってしまいます。しかし、私たち人間にとって、信仰心や宗教心が大事な心の支えとなることがあることは事実です。
私たちの人生は、「愛」で始まり、「恩」で終わります。これは五十音の「あ・い・う・え・お」から始まり、「わ・を・ん」で終わることから解ります。
Aさんは、将来に不安を抱えて智鶴のもとを訪れました。カウンセリングが進み、Aさんの顔は桜色に変わり、智鶴がほっとしていた時です。Aさんが、「私には見えないと思っていたんですけれど、さっきから、智鶴さんの身体の周りが緑色に見えます。」と言いました。
「因果」という言葉があります。「因」とは種ということです。箱の中に大きいという文字が入っています。種は種以上の大きさになるということなのです。「果」とは実を表しています。
智鶴は、クライエントの魂が輝いた瞬間、この上ない歓喜を感じます。クライエントの目が輝き、顔色に赤みが増し、柔らかい表情になる。魂のそこから湧き上がるエネルギーが命を燃やす瞬間です。
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