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私たちが与えられた運命をありのままに生活すること、これが修行であり、人生となるのです。
神様からのプレゼント、それはメッセージと言う名の「気づき」です。それは何気ない一言、あるいは日々の些細な出来事の中にあります。そしてまた、気づくか否かは、私たち一人ひとりの選択に任されています。
自分らしく生きることは、自分のスピリチュアルを大切に感じながら、「好い加減」に生きることです。
私たちは、心の時代を生きることを選んで生まれてきました。ではどのような意味があるのでしょう。
ご縁は、全ての人に、平等に訪れます。ご縁とは人との出会いだけではなく、智鶴は全ての出来事という意味で使います。大事なのは、自分が目の前の出来事をご縁と受け取るのか否かで大きく変わるのです。
私たちは平凡だと感じている日常にこそ、小さな、あるいは大きな気づきは無数に転がっています。いいえ、私たちは自ら創り出しているのです。
今、智鶴の生きるスピードはスローペースです。この生きるスピードの加減は、他人からの評価を気にすることなく、自分で決めることが大切です。
無縁社会を叫ばれている昨今、智鶴は、あなたの内面に「心身の居心地はいかがですか?」と問いかけます。
あなたは魂を見たことがありますか?智鶴は見たことはありませんが、相談者の魂を観ながらスピリチュアルカウンセリングを行っています。
私たちの出来事の全ては必然です。智鶴は、その中でも、出会いの必然について考えてみました。
命には期限があるということについてお伝えします。
智鶴は、無縁社会といわれる現代において、私たちのキーワードとして「つながる」ということを感じてみました。
私たちは7つの身体を持っているといわれており、それはチャクラと密接に関わっています。それぞれのチャクラには意識と色があり、それはオーラとも密接なかかわりがあります。
私たちの宗教心や信仰心は、子孫繁栄の基本です。ご先祖様が混迷の時代を一生懸命に生き抜いて来られたことに感謝し、自分を磨いていくことは子供たちの命を育みます。
私たちの創造力は強力なエネルギーがあります。そのエネルギーを駆使して未知への挑戦を可能にし、成功へと導く鍵を提案します。
私たちは、日本人として「宗教」という言葉を使う時、とても慎重になってしまいます。しかし、私たち人間にとって、信仰心や宗教心が大事な心の支えとなることがあることは事実です。
智鶴は、人と人との絆があるように、魂と魂との絆もあると思っています。そしてただ、その出会いは自分の魂の成長によって異なるものだとも感じています。
日本は、八百万の神といわれるほど沢山の神様を祭っている国です。ですから、神仏の祭り方を知っています。だから、智鶴は日本人として生まれた私たちは世界中で順応していけるのだと思うのです。
私たちは、一人で生まれ、一人で死んでいきます。私たちは孤独なのです。視座を変えれば勇気のある存在なのです。私たちが生きていることだけで、とても素晴らしい存在価値があるのです。
私たちは、自分自身の命以外の全ての状況を創り続けています。もしも、私たちが自分自身の状況に不満足を感じているとすれば、自分の内側を見つめなおすことです。
私たちには、今ここの時間と場所しかありません。智鶴は、私たちの向かう場所は今ここであり、今ここで完結するものだと思います。
智鶴は、地球上に存在する全てのものに、それぞれの小宇宙があり、そして、それに気づくことによって、感謝、歓喜、慈悲を体験することができると思っています。
地球や自然、人間は永遠のものではありません。何時かは終わりがあるのは事実です。私たちは地球と仲良くしながら共存することが望まれます。
D・カーネギーは、全てを開放し、神に委ねることによって道が開けると書いています。私たちはとても辛い状況に陥ったときに、神頼みをすることがありますし、中には開放するという人もいます。どちらの手段を選ぶのかは自分の選択次第です。
魂と心と肉体の満足の関係はとても難しいものです。魂自身には欲求はありません。心と肉体の欲求は煩悩といわれ、終わりのない欲求です。
智鶴は、命を守るということは、一人ひとりの価値観やニーズを理解して、そして一人ひとりの生きる能力を信じることから始まると信じています。
私たちの魂や心身の成長にとって必要なものは、常に自分の目の前に準備されています。そしてそれを掴むのは私達自身です。
私たちは、自分の使っている言葉を変えることによって、人間関係や自分の人生に変化を与えます。
私たちが自分の心身の状況変化に気づくのはとても難しいものです。しかし、私たちは潜在意識を活性化することによって、その変化に気づくことが可能になり、魂の成長を促します。
私たちは、自分の心の懐の広さ、深さを知った上でチャレンジすることが成功の鍵となります。
私たちは窮地に陥ったとき、自分でピンチと位置づけてしまう癖を身に付けています。しかし、視座を変えれば、それは大きなチャンスに変身するのです。
「死」に対する沢山の考え方がある中で、智鶴は基本的に2つの考え方についてお伝えします。
智鶴は、改めて「あるがまま」という言葉について考えてみました。そして全ての存在は「あるがまま」だと考えてみました。
魂の心の懐次第で成長度合いが変わります。人間関係や恋愛などで傷つかないためには、まずは自分の魂の住む世界を知ることです。
魂は、待つという手段を選んで愛を知ります。私たちは肉体を使って、魂の希望を叶えてあげましょう。
私たちの煩悩はとても複雑に働いて、私たちの生きるエネルギーを高めようとしています。しかし、私たちは、そのような煩悩の世界に生きていて、果たして本当に満たされるときはやってくるのでしょうか。
私たちは、自分の心の器量に合った出会いをして生きています。そこから何時、どのような気づきを得るのか次第で、成長過程が変わるのです。
智鶴命は智鶴のものであり、智鶴の命は私たちのものです。ここでは、命は時間の経過とともに削られていることを確認し、時間の使い方を意識します。
神様からのメッセージというのは、実は自分が自分自身へメッセージを送っているものなのかもしれません。
智鶴の体験中の出来事を通して、チャンスを観察します。
私たちは決断についての思い込みを持っています。智鶴が決断するということに対する思い込みを解消するためのポイントをお伝えしています。
運命を変えたいと思う人はたくさんいます。智鶴が運命を変えたいと望んでいる人のために大切な気づきについてお話します。
智鶴が魂の大掃除の方法についてお伝えします。
受け入れるということは難しいと考えていませんか?智鶴が紐解きます。
智鶴が、責任をとるということをスピリチュアルの面から、分りやすく伝えます。
迷いは人間に与えられた素晴らしい能力です。迷い込むという状況に陥らないために、智鶴がアドバイスします。
智鶴が人生をジェットコースターにたとえて、分りやすくお伝えしています。
智鶴が、今を生きることの大切さについて、心理学を交えながらお伝えします。
智鶴がご縁から得た気づきの使い方についてお伝えします。
智鶴が、いのちの誕生と死について神秘的な結びつきをひもときます。
私たちの肉体は「今、ここ」で一生懸命に働いています。命のリレーで誕生した大切な肉体の不思議を考えてみませんか。
智鶴では、自分自身の心の深耕を目的として、潜在意識・超在意識の活性化のワークショップを開催します。
智鶴は、「私は私である。」という偉大な言葉を使って、あなたの自己実現に向けて、無限にある宇宙エネルギーを解説します。
心の感化は「振動の法則」によって証明されています。心の感化は、あなたの潜在意識を活性化し、運命を好転し、自己実現させてくれます。
智鶴は、その親である神様から、また、素晴らしいお言葉を頂きました。
「三月荒神(みつきこうじん)」さんとは方位の神様のことです。ここでは、三月荒神さんについて、智鶴が分りやすく説明します。
智鶴は、神様からメッセージをいただきました。とても短い言葉ですが、とても強烈です。神は、今の自分にとって一番必要な状況を与えてくれます。
人は死という瞬間を迎えると同時にスピリチュアル(魂)のみの存在になります。そして、その次に肉体を失い、地球上の人間としての存在を無くします。スピリチュアル(魂)は宇宙(神)と一体化して光に帰還します。
人は生きているだけで他人へ感化しています。言い換えると、人のスピリチュアル(魂)は、他人のスピリチュアル(魂)に感化しています。そこに条件は存在しません。あなたがどのような状況、状態にあるかなど問題ではありません。あなたが、今ここに生きていることこそが大切なのです。
人は他人と関わることによって、自分の運命が他人の運命と相互に作用し合いながら、お互いの人生を作り上げていっています。人は他人と関わることで、いくらでも運命を変えることはできるのです。
智鶴は、人が自身の直感で感じた価値観を素直に行動に移すことは、その後の自身の運命を変えていく原因となると信じています。私たちは、自身の直感が浮かんだと同時に、それを全く感じなかったようにして打ち消してしまう癖を持っています。
「全ては必然であり、宇宙は完全である。」私たちは、神に身体を預けることが、素晴らしい結果を生むということは解っています。しかし、人間の私たちにとって、全てを神にゆだねるということは
不安なことでもあります。
自殺未遂をしたAさんが、カウンセリングに訪れたとき、「これも運命だったのかなあ?」と智鶴に言いました。智鶴は、「そうですね。」と答えました。
霊が(とり)憑きやすいという相談が増えています。相談者の訴える主な症状としては、肩こり、不眠、不快感です。
霊が見えるようになりたい、霊が見えるという体験をしてみたいという好奇心を持っている人は多いかもしれません。
感情・・・スピリチュアル的な表現では「魂の言語」といいますが、その「魂の言語」に対して大切に耳を傾けること、これは自分自身を大切に扱う、つまり、自分自身の肉体、心を大切に扱うという意味において、とても大事なことだと考えます。
肉体的な病は全てが必然で、そこには大きな意味が隠されています。軽い病から外科的な処置が必要な病まで、肉体的な病には軽い状態から重症な状態まで様々です。
夢を叶えるために、私たちは一生懸命に頑張ろうとします。その頑張り次第では、夢を叶える人と諦めざるを得ない人に大きく分かれますね。ではなぜ分かれてしまうのでしょうか?
私たちの人生は、「愛」で始まり、「恩」で終わります。これは五十音の「あ・い・う・え・お」から始まり、「わ・を・ん」で終わることから解ります。
智鶴は、チャンスはいつも自分の目の前に在ると考えています。ただ、その存在に気づくのかどうかはあなた次第です。
Aさんは、将来に不安を抱えて智鶴のもとを訪れました。カウンセリングが進み、Aさんの顔は桜色に変わり、智鶴がほっとしていた時です。Aさんが、「私には見えないと思っていたんですけれど、さっきから、智鶴さんの身体の周りが緑色に見えます。」と言いました。
人の魂がこの世に生命を受けてまず出会うのは母親です。その出会いが次の出会いを呼び、それからめまぐるしく出会いの渦が待っています。
智鶴は、父母からの依頼で新しい命に名前を選ばせていただくことがあります。その際、 智鶴が大事にしていることがあります。それは「つける」ということではなく、「選ぶ」ということです。
智鶴は毎日毎日沢山の人とのご縁を頂きながら生かされています。一回限りあるいは複数回と出会いには色々なパターンがありますが、たとえ一回きりの出会いだったとしても、それが貴重なご縁であることには違いないのです。
時は金なり、時は命なり。私たちの人生は、おぎゃ~と生まれたまさにその瞬間から死を迎える瞬間に向かって時間を刻み始めています。
智鶴は自分自身の直感が実現していくことを知っています。だからこそ新鮮な、一方で驚きを伴う刺激を得ながら毎日を生きています。智鶴は、今でこそ自分の直感を信じ、そのことを楽しむことができていますが、それまでは自分自身の存在そのものを受け入れることは、とても難しいという思い込みがありました。
「因果」という言葉があります。「因」とは種ということです。箱の中に大きいという文字が入っています。種は種以上の大きさになるということなのです。「果」とは実を表しています。
智鶴は、クライエントの魂が輝いた瞬間、この上ない歓喜を感じます。クライエントの目が輝き、顔色に赤みが増し、柔らかい表情になる。魂のそこから湧き上がるエネルギーが命を燃やす瞬間です。
私たち一人一人のスピリチュアルは何故今、この複雑で混迷の社会を選んで生まれてきたのでしょうか。自分なりに努力して、一生懸命に働いて働いて、それでもなお働いて。何時になったら、自己実現できるのでしょうか。
神様の仕業は、一見、とても深い意味があるように見えますが、実は結構、単純なことが多いものです。「な~んだ、そうだったのか・・・。」というふうに。
私たちが辛い、苦しい状況にあるときに「死んでしまえばどんなに楽か」と思うものです。人間界からみれば、命が終わるわけですから辛い、苦しい心はなくなります。では魂側からみた場合はどうでしょうか。
私たちのスピリチュアル(魂)には素晴らしい価値があります。その価値を見いだせなくて悩んでいる人がなんと多いことか。私たち一人一人のスピリチュアル(魂)は、あなたが人間として生きているだけで素晴らしい価値があるのです。ここに条件は必要ありません。
私たちのスピリチュアル(魂)は、人と人とが出逢うことによって成長します。私たちの肉体を通して、人と人が出逢うわけですから、スピリチュアル(魂)側からみると、体験したいという念願が叶い始めるという段階にあります。
智鶴の潜在意識は、とても敏感です。突然、予告も無い直感が湧いてきて、直感から心身が支配されることがあります。その殆どは予知と言われるものです。
私たち人間は、生命と霊で出来ており、そこに心が存在しています。言い換えれば、人間は肉体とスピリチュアル(魂)で出来ており、そこに心が存在するということになると思います。そして生命と霊、心はそれぞれが引き合いながら存在し続けています。そこには欲求があり、本心が存在します。
みなさんは「間を置く」という言葉をご存知でしょうか。ご存じない方は殆どいらっしゃらないかと思います。この「間を置く」という言葉を行動に移して、自分自身の運命を変えていくという方法があります。
智鶴は、あなたの大切な運勢をスピリチュアルで占います。
智鶴は相談者に決まってかける第一声があります。「こんにちは、よく来られましたね。」という言葉です。智鶴は季節、天候に関わらず、相談者が自分自身の勇気を必死に振り絞って行動したことに、心から共感するからです。
智鶴は両親から子どもの不登校についての相談を受けることがあります。その殆どの両親が口にする言葉・・・「この子の不登校を何とかしたい」ということです。
智鶴は愛には二種類あると考えています。優しい、思いやりのある愛・・・これをソフトラブと言います。強くて、厳しい愛・・・これをハードラブと言います。どちらにも共通して言えることは、深い愛があるということです。
私たち人間の愛は所有を求めようとします。所有することで人間の五感を通して愛を確かめたいからです。愛を見て、愛を触って、愛を味わって、愛を聞いて、愛を嗅いで、そして初めて自分が愛されていると確認するのです。
愛を確信する人もいるかもしれませんね。
しかし、殆どの場合、確認しても確認しても、それでもまだ愛を求めてしまう・・・
それが人間の愛なのでしょう。
人間の欲求は無限です。魂の欲求はただ一つです。そこには、大きな違いがあります。人間には煩悩がありますので、欲しいものが次々に現れてきます。一つのものを手に入れた、まさに次の瞬間には、すでに次の物を手に入れようとする行動をとっていることに気づきませんか。では、魂の欲求はどうでしょうか。
「私は何のために生きてきたのでしょうか。」「私の生きる使命は何なのでしょうか。」という相談を非常に多く受けています。私たちの魂は、愛を感じたくて、人間の肉体をまとって生まれてきているのです。
私たち人間や全ての生物は、宇宙に生かされている存在です。それらの全ては尊い命を持った存在です。何一つとして無駄な命は存在しません。
お接待・・・四国八十八箇所参りの方々に地元の方々がおもてなしをすることを言います。地元の方々は、何の見返りも求めず、何の期待も持たず、ただただお接待をし続けています。これこそ、真の、最高の陰徳だと思います。
そこには大きな愛が存在します。
しかも無条件の愛そのものです。
「身・口・意」という言葉を聞いたことがありますか?これは宗教の世界で使われる言葉です。どのような意味かと言いますと、身・・・行い 口・・・言葉 意・・・想い(思い)と訳します。行いと言葉、思いを一緒にするということです。
私たちの感性が成長する途中において、必ず体験する状況があります。その状況が訪れた時に、智鶴は必ず「おめでとう!!」と伝えます。
人は、他人を癒すことで自分自身が癒され、生きていける人と、悲しいかな、人を傷つけることでしか生きていけない人がいます。智鶴にとって、相談を受けるということは最高の喜びであり、歓喜です。
病気は、「気が病む」と書きます。言い方を変えれば、「病は気から」と言いますよね病気によって、発熱、咳、鼻水、湿疹、下痢、出血、嘔吐など・・・。それぞれの疾患によって、色々な症状が表れます。
Aさんは、これまでずぅ~っと走り続けてきました。それが今、行きづまりを迎え、自分自身の生まれてきた意味について一生懸命に模索していました。このような時、人は何をする必要があるのでしょうか?みなさんはどのようにお考えですか?
現代において、コミュニケーションの手段はメールだという人が多いのではないでしょうか?その他、電話、テレビ電話、おたより、面接など、その他様々あるかと思います。スピリチュアル的に言うと、テレパシーというのもありますよね。しかしその中でも、自分自身の想い、つまり感情を込められる手段は限られているのではないでしょうか。
魂が成長する時、人はどん底に落ちます。明日はないというほど、落とされます。しかし、ちょっとだけ目を横に向けると、そこにはちゃぁ~んと助け舟が用意されています。あとは、あなたがその助け舟に乗るか乗らないかの選択次第です。
智鶴は、よく相談者の方から前世を診断してくださいと依頼されます。前世、あるいは過去世とも言います。診断する時、必ず付け加える言葉があります。「あなたの前世の課題は前世時代にすでに終えています。ですから、あなたは今世に生まれてくるときに、今世の人生を自分で選んで生まれてきたはずですから、自分自身の人生を楽しむことが大事なんですよ。」とお話します。
ですから、あなたは今世に生まれてくるときに、
今世の人生を自分で選んで生まれてきたはずですから、
自分自身の人生を楽しむことが大事なんですよ。」
とお話します。
赤ちゃんの誕生はとても素晴らしい瞬間です。肉親との死別はとても悲しい出来事です。どちらも命を感じる瞬間なのですが、私たち人間にとって、喜びであり、悲しみです。
智鶴がスピリチュアルカウンセリングを行うに当たって一番大切にしていることは命のご 縁です。以前の記事「今ここに生きる パ~ト2」でも書きました。カウンセリングの冒頭で、必ず命のご縁を相談者に伝えるということです。
人によって、心理的な問題を抱えていても心理カウンセリングを受けた経験がないので怖い。どちらかというと、スピリチュアルカウンセリングに興味があるので受けてもいいかなぁ~・・・。・・・ということからお問い合わせを頂く場合があります。
智鶴はどちらを受けても良いと考えています。
私たちの右脳は顕在意識。これは理解する能力です。人間の5パーセントをつかさどっていると言われています。私たちの左脳は潜在意識。これは直感力、想像力です。人間の95パーセントをつかさどっていると言われています。
私たちは、日々、自分自身の目に映る現象に左右されることが多いように思います。どうしても、目に見える、耳で聞こえる、舌で味わえる、鼻で嗅ぐ、触れるという五感を信じてしまいがちになります。
人間界において、往々にして重なる悲しい、辛い出来事を体験する人がいると思います。そういう時に、多くの人が思いつくのは、「何か目に見えない因縁があるのではないか。」ということです。
「自分自身を信じること・・・」とても難しいことだと考えていませんか?
この物語は、智鶴が今でも強烈な記憶として残っている出来事です。あれは今から10年前のことでした。
熊本にはとても有名な阿蘇山があります。阿蘇から大分県へ通じるやまなみハイウェイは昼となく夜となく深夜となく、みんなのドライブコースとして知られています。智鶴は、ある日の夜9時過ぎから友人の悩み相談を受けながらドライブへ出かけました。
「人はおよそ自分にないものを他人に見ることは出来ない」
7月7日、一年に一回、おりひめ様とひこぼし様はデートをします。毎年、智鶴は、とても素敵な夜を感じます。晴れた年は清純な姿でデート。雨の日には妖艶に。曇りの日にはしっとりと。お天気に関係なく、おりひめ様とひこぼし様のデートは必須です。
近年、自殺者の人数が増加傾向にあることが社会問題となっています。人は何故、死に急ぐのでしょうか?
私たちのこの肉体はご先祖様からの頂き物です。私たちのこの命は神様からの賜り物です。この世にたった一つ、お一人様一回限りの人生なのです。
ふと、考えてみました。梅雨なのに、かえるがいない・・・。かえるの鳴き声がしないし、かえるの姿を見ないのです。いつもの、「ゲロゲロッ、ゲロゲロッ」という泣き声や「グヲォ~ン、グヲォ~ン」という泣き声です。
毎日毎日、色々な出来事が起こります。予想していた出来事、突発的な出来事、あるいは起こるべくして起こった出来事など様々です。
智鶴の車は、3日前に車検が終わったばかりでした。しかし、昨日、智鶴たちは福岡へ向かって高速道路を運転していたところ、福岡県の広川インターの数メートル手前で、水温計がぐんぐんと上がり始めたのです。
広川インターはサービスエリアとなっているため、ガソリンスタンドもあるところです。「やばい!!」と思い、サービスエリアを目の前にして、路側帯に停車し、水温計の低下を待ちました。
皆さん、智鶴の悩みを聞いてください。想念の来ない家はないでしょうか?想念到来を防御するカプセルみたいな家はないでしょうか?想念到来の予報を出してくれるようなシステムは作れないのでしょうか?
智鶴には、沢山のモットーがありますが、その中の一つに、「来るもの拒まず、去るもの追わず」という諺をおいています。
カウンセリングを受けた後、人によっては「好転反応」が現れます。一番多いのが眠くなる人です。その他、身体がだるくなる、楽しくなる、心が軽くなる、すっきりするなど、さまざまです。
さて、母の日を間近に控え、考えるは父の日です。何を贈ろうかなぁ~と・・・。母の日と同様、あれも持ってるし、あれは使わないし・・・などと悩みます。
最近、全国各地から相談者が訪れています。智鶴はそのような皆さんの行動力に感動し続けています。
トラウマの症状に対して、一般的には心療内科、精神科、催眠療法、心理カウンセリングなど、色々な手段でトラウマの解決をしていきます。ここでは、スピリチュアル的な解決方法をご紹介したいと思います。
多くの相談者は「なぜ、私ばかり苦しい思いをしなければならないのでしょうか」と尋ねます。私は、「あなたの魂が、あなたには乗り越えることができると信じているからです。」
と答えます。
「私の前世を見てください」という相談がよくあります。 その際、まず、私が最初に...
多くの女性が恋愛相談で訪れます。失恋、不仲、不倫、同性愛、相性、告白、SMなど・・多種多様な恋愛模様がくりひろげられます。
突然、運転席のパワーウインドウが作動しなくなりました。何回も何回もスイッチを入れたり、切ったりしてみましたが、無理でした・・・。車がご機嫌を損ねたわけではありませんでした。
3日前までは正常に動いていたものが、先ほど、パソコンに使用しようとしたところ、突然動かないのです。
『あ~あ~、またか・・・』って感じですね。
そのお腹から出てきたものは・・・『重さ5キロもある肉腫』でした。手術が終わり、病院側はその肉腫を親族に見せました。それは肉と水、血液で出来ていたそうです。
Aさんという女性は、DV=ドメスティックバイオレンス・家庭内暴力で悩んで智鶴を尋ねて来られました。
自分に自信が無いとコンプレックスをお持ちの方、もっと自信を持って生活したいと願っている方に、智鶴があなたに合ったアドバイスをいたします
結婚相談、悩み相談の一例。結婚とは「できる」「できない」ではなく、「する」か「しない」かと言う事なのです。
仏性(ぶっしょう)とは、仏教で言うところの仏様の本心(素)となるものです。
智鶴は、陰徳を魂の貯金と呼びセッセセッセと貯め込んでいます。
智鶴はこれまで、6,000例を超える方々の様々な相談を受けてまいりました。
社会が複雑、混迷の度合いを深めるにつれ、人間の悩みも多種、多様となってきました。そんな悩みの解決をお手伝いします。

